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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14109号 判決 1970年6月30日

原告 高原義光

右訴訟代理人弁護士 金田賢三

同復代理人弁護士 森田博之

被告 株式会社 大成

右代表者代表取締役 丹野厳

右訴訟代理人弁護士 鈴木半次郎

同 牧野彊

主文

原被告間の当庁昭和四三年(手ワ)第四九六六号約束手形金請求事件の手形判決を左のとおり変更する。

被告は原告に対し当庁昭和四三年(ヨ)第一〇七一三号仮処分申請事件の仮処分が取消されたとき金六〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

原告その余の請求を棄却する。

原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、原告の主張

一、請求の趣旨

1、金六〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二日から完済まで年六分の割合による金員の支払

2、訴訟費用被告負担

3、仮執行の宣言

二、請求の原因

1、原告は被告の振出した別紙目録表示の記載のある裏書の連続する約束手形一通の所持人である。

2、原告は右手形を満期に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

よって請求趣旨記載のとおり右手形金及びこれに対する満期以後の日から完済まで法定の年六分の割合による損害金の支払を求める。

三、抗弁の認否

抗弁1記載の事実中原告の悪意、重過失は否認し、その余は不知である。

抗弁2の仮処分に関する被告主張事実は認める。

第二、被告の主張

一、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求める。

二、請求の原因事実に対する認否

全部認める。

三、抗弁

1、本件手形の現実の移転経路は、被告―訴外丸輪硝子工業所こと中島郁郎―訴外軽井沢建材株式会社―訴外新川鐘三―原告、の順であり、原告は右新川が本件手形を訴外軽井沢建材株式会社(以下単に軽井沢建材という)から横領した無権利者であることを知りながら、或は重大な過失によりこれを知らずして、本件手形を譲受けたものであるから、本件手形上の権利を有しない。

すなわち、訴外中島郁郎は軽井沢建材に対し数百万円にのぼるガラス類買掛金債務を負担していたところ、昭和四二年三月頃その支払方法につき同社と協定を結び、同人の営業上の収入は手形を含め一たん全部軽井沢建材に引渡し、必要経費は同社から別に交付を受けることとし、その差額をもって債務の返済にあてることを約した。訴外新川鐘三は軽井沢建材の従業員であって右取決めに基づき訴外中島から手形類を受領し同社の経理係に引渡す職務を担当していたものであるが、昭和四三年五月一〇日頃右中島から本件手形の交付を受け軽井沢建材のために保管中これを横領し、同じく同社の従業員であって同人の職務を熟知していた原告の娘訴外高原利枝に情を打明け現金化を依頼したところ、同女から相談を受けた原告は原告振出の約束手形三通(額面各一〇万円)に現金一五万円を交付して本件手形を買取ったものである。

2、仮りに原告が本件手形上の権利者であるとしても、債権者を軽井沢建材、債務者を原告、第三債務者を被告として、本件手形金の取立及び支払の禁止を命ずる東京地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一〇七一三号仮処分命令が発せられ、同命令は同年一一月八日第三債務者たる被告に送達されたから、右仮処分執行が解除されることを条件としてのみ原告の請求は認められるべきである。

第三、証拠≪省略≫

理由

請求原因事実については当事者間に争いがない。

そこで抗弁について判断する。まず無権利者から悪意重過失で取得したとの主張について考えるに、≪証拠省略≫を総合すると、訴外丸輪硝子工業所こと中島郁郎と訴外軽井沢建材株式会社との間に、被告の主張するような債務支払に関する約定が結ばれ、右訴外会社の従業員であった訴外新川鐘三は右約定に基づく訴外中島との取引の担当を命ぜられ、同訴外人の売上を訴外会社に納入し、訴外会社から支出される資金を右中島に交付するなどの職務に従事していたこと、本件手形は被告と訴外中島との取引に基づいて振出されたものであるが中島から前記約定の履行として訴外会社に交付すべく新川に手交されたこと、しかしてかくの如く一たん軽井沢建材に帰属した本件手形を、新川はその権限がないのに同僚の訴外高原利枝に依頼して同女の父親である原告に対し換金方を申し込んだこと、娘の依頼を受けた原告は一度は断ったものの、結局自己振出の約束手形四枚(いずれも額面各一〇万円にして支払期日は本件手形の満期より早いもの)と現金一五万円(これは右利枝が立替えた)を交付して本件手形の譲渡を受けたこと、右四枚の約束手形は期日の順に三枚まで決済されたが最後の一枚は訴外会社における新川の多額にのぼる会社資金使い込みが発覚し本件手形が支払われる見込がなくなったことを理由に新川から原告に返還されたこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫。してみれば新川の右手形譲渡行為は同人の独断によるにせよ、或いは訴外中島との合意の上によるにせよ、手形権利者たる訴外会社の承諾を得ていない無権限のものであることは明らかである。

そこで、原告が本件手形の譲渡を受けた当時右無権利の点につき悪意であったか否かにつき考えるに、原告は前認定のとおり額面六〇万円の本件手形を取得するに際し現金一五万円及び約束手形四枚額面合計四〇万円を交付し、その後右手形中三枚までは決済しており、また原告本人尋問の結果及び右事実によれば最後の一枚も若し新川から返還を受けなければ決済していたであろうと認められこれに反する証拠はないのである。ところで、一般に相当の対価を支払って手形を譲受けた者は手形取得の際該手形上の権利の瑕疵につき善意であったと一応推定することができるというべきであるから、右のように五五万円の対価を支払う意図で六〇万円の手形を取得し、これが満期以前に四五万円を現実に決済した原告は訴外新川が無権利であったことにつき善意であったものと推定されるべきである。

そして冒頭掲記の各証拠によれば本件手形上の訴外丸輪硝子工業所中島郁郎の第一裏書の筆跡は原告の娘である訴外高原利枝のものであること、右裏書は原告が同女の割引の頼みを一度断ったときにその記入方を示唆したものであること、原告は割引当時手形権利者の何人なるかにつき正確な認識を有していたとは認められず、必ず決済される手形だという右利枝の言を軽信して割引の依頼をたやすく引受けた嫌いのあることがそれぞれ認められるが、これらの事実をもって右善意の推定を覆えし原告が悪意であったと認定することは到底できないし、また無権利の事実を認識しなかったことにつき重大な過失があったということも相当でないと思料され、他にこの判断を左右するに足る証拠はない。よって被告のこの点に関する主張は失当である。しかして裏書の形式的連続ある手形の所持人は悪意重過失なき限り適法の所持人と推定されるのであるから、原告が本件手形の権利者として被告に対し手形金の支払を求めることができることは明らかである。

進んで取立禁止の仮処分の抗弁について考える。この点に関する抗弁事実については当事者間に争がない。そして成立に争のない乙第一号証(仮処分決定正本)によれば本件仮処分命令の主文は「債務者は別紙目録表示の約束手形(本件手形)を裏書譲渡し、又は取り立ててはならない。第三債務者は右の手形金を債務者に支払ってはならない。」というのであることが認められる。

このように手形の執行官保管を伴わずに手形の譲渡禁示取び取立禁止を命ずる仮処分の効力については疑問の余地もあるかと思われるが、右主文から推察される右仮処分の被保全権利は前認定の事実からもうかがえるところであるが、債権者(軽井沢建材)の債務者(原告)に対する手形引渡請求権であると解される。そしてかかる請求権の強制執行は純然たる有体動産執行(民訴七三〇条参照)であるから、これを保全するためには手形を執行官保管に付しその転々することを防止する仮処分が相当であると思料される。しかしながら、債権者としては、同時に振出人(場合によっては遡求義務者も含む)の債務者に対する支払を防止するために、振出人を第三債務者として支払禁止の命令をも求めておく実益があることもまた否定できないところである。ところで、この場合手形が他に譲渡されるおそれがないならば、手形を執行官保管に付することなく単純に支払禁止命令だけを発することも禁じられる理由はないであろう(稀な例であるが、手形が既に第三債務者の手中にある時等はその適例である)。とするならば、本件仮処分命令のうち少くとも手形債権の取立禁止(これに合せて第三債務者の支払禁止)を命ずる部分は有効と解し得られ債務者並びに第三債務者たる被告への送達により執行されたものというべきである。

そしてかかる仮処分の存在する限り、仮処分債務者たる原告は右手形債権に付き現実の弁済を請求することはできず、右仮処分の取消あり次第即時弁済すべき旨の条件付給付判決を求めることができるのみであるといわねばならない(大判昭和一七年一月一九日民集二一巻二二頁参照)。

けだし、仮処分の効力は保全の目的範囲内にのみ止まるべきものであるにしても、手形金の如き金銭債権の支払請求訴訟において現在の給付を命ずる判決をなすときは、これを債務名義として仮処分債務者たる原告が債権差押転付命令を得て実現する債権の満足を阻止する方法が実際上存在しない実情に照らして、仮処分の実効を保することができないからである。よってこの点に関する被告の抗弁は理由がある。

ところで原告の本訴請求はもし法律上右仮処分取消に先立って支払を受け得ない場合には、その取消あり次第支払を求める旨の申立をも含む趣旨であること弁論の全趣旨に照らして明らかであり、前認定の事実からすればかかる将来の請求をなす利益があることは明白である。

以上によれば、原告の請求は本件仮処分の取消を条件として支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却することとし、民訴法四五七条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

<以下省略>

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